2015年1月30日金曜日

質量保存の法則

『確かに日本の格差は米国ほどではない。しかし、上位10%の富裕層の所得は、国民所得全体の30~40%まで広がっています。日本がゼロに近い低成長なのに、上位の所得が増えているということは、裏を返せば、実質的に購買力を減らしている人がいるということです。』(トマ・ピケティ)

2015年1月27日火曜日

境界線は集団を超えて引かれる

人間らしい善意はだれにでもあり、全体として断罪される可能性の高い集団にも、善意の人はいる。境界線は集団を超えて引かれるのだ。したがっていっぽうは天使で、もういっぽうは悪魔だった、などという単純化はつつしむべきだ。

この世にはふたつの人間の種族がいる、いやふたつの種族しかいない、まともな人間とまともでない人間と、ということを。このふたつの「種族」はどこにでもすんでいる。どんな集団にも入り込み、紛れ込んでいる。まともな人間だけの集団も、まともでない人間だけの集団もない。
 --- ヴィクトール・E・フランクル 『夜と霧』 から

2015年1月19日月曜日

やる方にはわからない

「済んだことは忘れよう、新しい立場で仲よしになろうではないかと言う日本人がいるが、忘れようと言えるのは自分たちだ。日本人が忘れようなどと言うのはおかしい」

「過去の悲痛な記憶は早く忘れたい。しかし、日本人が自分でかちとったものでもない与えられた平和と人権に浸って、今日までの行為をないがしろにし、恬然(てんぜん)としているのを見ると、我慢ができない。そんな時、日本へのなごやかな感謝は急に冷めてしまう。そして日本軍に追われ、血まみれのはだしで、飲まず食わずにジャングルをさまよったことを思い出す。怖い日本兵の顔が浮かんでくる」

「自分は赤ん坊の頃から、両親に叱られる時は、きまって”日本人が来るぞ”と言われて育った。こうして育った情感は、おいそれとは消えない。これは日本人にはわからないだろう」
(穂積五一を慕うアジア留学生や研修生)

   --- 『黄砂の楽土』 佐高信 から

2015年1月13日火曜日

想像力

最悪の事態とは次のようなものを言うのではないだろうか。それは父祖たちが何代にもわたって暮しつづけ、自分もまた生まれたこのかたなじんできた風土、習俗、共同体、家、所有する土地、所有するあらゆるものを、村ぐるみ、町ぐるみで置き去りにすることを強制され、そのために失職し、たとえば、十年間、あるいは二十年間、あるいは特定できないそれ以上の長期間にわたって、自分のものでありながらそこで生活することはもとより、立ち入ることさえ許されず、強制移住させられた他郷で、収入のみちがないまま不如意をかこち、場合によっては一家離散のうきめを味わうはめになる。たぶん、その間に、ふとどきな者たちが警備の隙をついて空き家に侵入し家財を略奪しつくすであろう。このような事態が10万人、20万人の身にふりかかってその生活が破壊される。このことを私は最悪の事態と考えたいのである。(1994.9.10)

プルサーマル化しようとしている第一原発三号炉には、1978年に臨界事故を起こしながら、東電はそれをひた隠しに隠し、公表したのはなんと二十九年後の2007年だったという前科がある。(2010.7.1)

第二次世界大戦で戦争という麻薬の中毒患者になったアメリカにいまだ≪戦後≫が存在しないように、原発というドラッグに冒された立地地域では、二重の意味で≪原発以後≫なしという状況が形成されつつある。ひとつめの意味は、つぎつぎと原発を増設しなければ地域経済を維持できない泥沼にはまり込んでいるということ、もうひとつの意味は、原発破綻後には地域そのものが存在し得ない状況が出来(しゅつたい)するだろうということ、である。(2010.7.1)


   --- 若松丈太郎 「福島原発難民」から