2021年4月2日金曜日

子供たちの教育をになう

 原子力発電所は、電気を起こすために運営されているのではありません。その本当の目的は、核武装です。正確に言うと、日本を、いつでも核武装できる状態にしておくために、行われています。その技術の発展を担ったのは科学技術庁という役所でした。その業務の大半は、核燃料再処理、高速増殖炉、ロケット開発でした。これらを組みあわせると、核ミサイルを作ることができます。ですから本当の名前は「核ミサイル開発庁」でした。この役所はその後、文部省と統合されて、文部科学省になっています。ですから、文部省の本当の名前は、「文部核ミサイル開発省」です。日本ではこんな役所が、子供たちの教育をになっているのです。

   ---  安冨歩 木村恵 『魔法のヤカン』

2021年3月7日日曜日

責任

 自ら考えて決めた時にだけ、自分のしたことに責任をとることができる。だから自ら考えていないということは、自分で決めていないということであり、そうであれば、やったことの責任は、本来とれないはずである。にもかかわらず、成績や入試の結果に関しては、生徒が責任を負わされる。「君の努力が足りなかった」とか「君は運が悪い」とか「頭が悪い」とか。そして挙句の果てに「自己責任」と言われたりする。


高齢者自身の生き方が重要なら、当事者である彼ら自身が何をどうしたいのかを考え、発言する自由が与えられなければならず、また彼らはその自由を行使しなければならない。そうでなければ、学校教育と同じく、自分で自分の人生の帰結に責任をとることなどできない。


地元住民が当事者として地域をどうするのかを考えなければならないはずなのに、それを国や自治体、もしくはどこかの企業が代わって考え、決めてきた。
 何か問題が起きたら、住民は行政や企業を非難するが、彼らが責任をとることはない。当たり前である。それは彼らの人生でないからだ。他方、当事者である住民は、自分たちで考えも決めもしなかったから、責任がとれない。それなのにその結果は引き受けるしかない。何とも理不尽なことではないか。
 私たちは、自分の生き方に関わることを誰かに委ねるべきではない。また誰かに代わって考えて決めてあげることもやめなければならない。人間は自ら考えて決めたことしか責任はとれないし、自分の人生には自分しか責任はとれないのだ。


---  梶谷真司 「考えるとはどういうことか」



2021年3月1日月曜日

自然との共生

樹種の多様性、個体の多様性、つまり多様な個性を一顧(いっこ)だにせず、皆同じ規格で同じ塗装で、機械でササッと作ろうとする。そうしたものは、なぜか”早く飽きる”。愛着が湧かないまま、捨ててしまったことさえ覚えていない。多分、木が育った情景も知らなければ、誰がどのように作ったのかもわからないからだろう。

本来、山間地周辺の森林はそこに住む人たちの環境を守り、地域の経済を支えるためにある。燃料会社、発電会社のため、街での快適な生活のため、地球温暖化の元凶ともなる放逸(ほういつ)な消費生活のツケを払うために里山があるのではない。里山の仕組みを知り、作業のキツさを知る山間部に住む人のためにあるのだ。

クマが人里に下りてくるのは、山に食べ物が少ないためだけでなく、何よりも山里の活力が低下し人間が怖くなくなったためである。林業や林産業が活発になり山間地に多くの若者が住み、藪を畑にし犬が吠えれば、クマは怖くて自ずと山に逃げ帰るであろう。帰る場所に餌があるように太い木を残すのである。それでも、里に下りてくるようなら喰うしかない。人もクマもそれぞれの生活場所でお互いに元気でいれば良いのである。

自然との共生を唱える人たちは、街に住みマンションに住む。都会の中心に住み、「自然を大事に」「クマを守れ」と叫ぶ。本来、自然との共生は手間のかかることなのである。森のそばで動物たちと縄張り争いをしないとわからないことが多いのである。

よく街路に並んで植えられている。しかし、伸びすぎて邪魔になるせいか、樹冠の上のほうを半分ほど切り落とされ、枝も切り詰められている姿をよく見かける。メタセコイアらしさが台無しである。本来はとても堂々とした樹であるのに、なぜ、計画性をもたいのだろう。木への情愛が感じられない風景はなにか寂しい。

東北大学農学部の食堂前には立派なメタセコイアの並木がある。しかし農学部は移転した。いずれ、木々は伐られ、整地され、そこに新しい建物が建ち、また、小さな苗木が植えられるだろう。こんなことばかり繰り返すので、いつになっても日本には落ち着いた景色が見られない。

巨大になるスズカケノキ(プラタナス)は冬には枝も先端も切り詰められ、痛々しい姿を見せている。そんなことするをくらいなら、あまり大きくならない在来の樹種を植えたほうが良い。

――― 清和研二 有賀恵一 『樹と暮らす』


2021年2月27日土曜日

決して短くない時間

 それにしても、これらの巨木は伐られてどこにいったのだろう。巨大な建築物になったのだろうか。無垢材の家具や建具として各地の家庭で大事に使われているのだろうか。そんなことはない。海外では重厚な家具になったが、国内ではベニヤや薄い突き板になり消えてしまった。雄大な立ち姿を見せていた巨木たちはわずかにその痕跡を留めるだけだ。先祖から引き継ぎ次世代に残すべき大事な遺産を我々は失ったのである。


伐採を専門にする業者の話を聞いたことがある。「トチノキの巨木はなんぼでもある。伐ってもすぐに大きくなるのでなくなる心配はない」。数十年前のことではない。数年前のことである。この業界には依然根深い無知がある。森の中で巨木と言われるまでに育つには人の寿命の何倍もの時間を要すること、そしてそれはきわめて稀なことだということを知らねばならない。


森のてっぺんに顔を出せたのは、そして花を咲かせるまでに大きくなれたのはどれくらいなのだろう。
親木から飛び立った種子の、何十万分の一、何百万分の一だ。
さらに人間の世代を幾つも幾つも超えて生き延び、老熟していく。
奥地に立つ巨木は奇跡なのである。
想像を超える時間を生き、樹々のいのちは繋がっていく。

--- 清和研二・有賀恵一 『樹と暮らす』から


2021年2月1日月曜日

ブナに聴く

どこを見回しても、ブナで作ったものは今の日本にはほとんど残されていない。東北ではりんご箱、子供たちの机や椅子が作られた。飛騨ではデザイン性の高い椅子が作られヨーロッパに売られた。しかし、日本のどこにブナの家具や建具などが残っているのだろう。巨木の森は伐られてどこにいったというのだろう。山には細い木や形質の悪い木が残され、更新しにくいところはササがはびこってしまった。雨後のタケノコのように現れた林産業者は一瞬儲けて皆撤退した。あまりにも目先の利益にとらわれた林業と林産業が合体した歴史をそこに見ることができる。


雪国の人たちは炭を長く焼き続けるために「あがりこ」という仕組みを編み出したのだろう。ブナを絶えず伐り続ける林業はその後の皆伐に取って代わった。それを行ったのは2年で転勤するよそから来た役人たちであった。


田んぼの水はブナ林からくる。山形の人は昔から知っていた。農家では12月12日に山の神を祀(まつ)り、穀物の豊穣を祈った。”出羽三山”があり”草木塔”が立つ。樹の命を敬(うやま)う土地柄だ。だから、むやみに木々を伐ることはなかったのだろう。その証拠に山形県の針葉樹人工林率は造林適地の少ない沖縄、急峻(きゅうしゅん)な山岳を抱える富山・新潟に次いで四番目に低い。実質は一番低い地域かもしれない。だから、今でも豊かできれいな水で溢れている。

 ーーー 清和研二 『樹に聴く』


2020年12月28日月曜日

社会への適応

 たとえば大学受験では、多くの場合、受験勉強で得た知識はその後の大学生活や社会生活で役に立たない。しかし「どの大学に入るかで人生が決まる」と認識されるため、受験生はそれを了解していながら、多くのエネルギーを受験勉強に投入する。大学に入学した若者がその後情熱を傾けるのは、次なるエントリー競争としての「就職活動」である。


企業の人材選好は、年齢・性別という属性と「現役の学生である」という学校への所属に基づいて規定されていた。個々の若者が仕事に役立つ知識を持っているかは問われず、「○○校出身」というタグを付けた「白紙」状態の若年男性こそが求められた。


「メンバーシップ主義」は結果的に、子ども・若者にとっての「社会」なるものを、学校と企業の複合体に狭く限定していったといえる。普遍的な技能・資格基準が存在しない以上、「社会のなかの自己の位置」は、所属する組織を通じてしか、明かすことができない。そして組織への所属は、高い同質性を持つ中間集団における競争と協調への参入を通じてなされる。そこでは、日常的に身を置く具体的な場である「クラス」や「職場」への順応こそが、「社会への適応」と見なされていく。


欧米では、学校からのドロップアウトは主に低学歴の貧しい子ども・若者に見られる一般的な逸脱(いつだつ)形態であり、他方、フリースクールやホームエディションといったオルタナティブ教育は、独自の価値観に基づいて子どもを教育したい比較的階層の高い親たちが選ぶ「もうひとつの学校」である。この二つは別個の事態であり、「社会の問い直し」として土台を共有することは直接的には起こらない。


「平成」以降、キャリアに関する予測可能性は失われ、不確実性が増大するなか、多くの子ども・若者がスムーズな移行から漏れ落ちようになった。にもかかわらず、いまだに新卒学卒採用は「真っ当な就職先」を得るためのほとんど唯一のルートであり、それ以外のルートは「いばらの道」であり、実質的に個々の努力、才能、ネットワーク、運などに任されている。

ーーー 貴戸理恵 「平成史(小熊英二) 教育」から

先進国

 日本は、もはや「原料を輸入して加工貿易をするアジアの工業国」というよりも、「アジアで作られた工業製品を輸入し消費する先進国」に変化しつつある。その現状認識を欠いた「輸出産業重視・貿易立国」という日本像にもとづいた政策は、一部産業への政策的優遇としてしか機能しない恐れがあった。一部の経済学者は、金融緩和で国内需要が伸びれば景気は回復すると説くが、国内需要が伸びても国内生産が伸びずに需要が海外製品にむかえば、むしろ貿易赤字を拡大することになる。

ーーー 小熊英二 「平成史」から