2021年5月23日日曜日

羨まし

「人見知り」という言葉は、曖昧な部分が多い。実際には世の中のほとんどの人が自身の身の中に人見知りを内包しているのではないかと思う。誰彼構わず関係性を瞬時に築ける人の方が稀有(けう)だろう。ただ多くの人が、人見知りを貫くだけの勇気と気力が無いのだ。自分から見れば人見知りは生き難いかもしれないが羨ましくも感じられる。

ーーー 又吉直樹 『東京百景』


舞台に上がる芸人と観客の間には、言葉では説明できない境界がある。舞台に上がる当事者は眼に見えない法衣を身に纏(まと)い、その力によって日常と乖離した舞台という場に立てるのだ。その霊力によって衆目に負けず、人前でも声を出せる。そう思っていた。 しかし古井(由吉)さんは眼に見えぬ法衣など着けず裸で舞台に上がられていた。舞台と客との関係性に日常を放り込めるというのは特殊な能力だと思う。日常でも文章上でも境界を軽々と越えられる方なんだと改めて思い知らされた。

ーーー 又吉直樹 『東京百景』


2021年5月21日金曜日

戦後の現実

 確実に指摘できるのは、あらゆる不条理に対して従順になれ、入社する前から社畜になれ、入社した後はもちろん、ただひたすら空気を読んで「粉飾決済しろ」と上から言われたら黙って実行する(東芝)のような奴隷になれ、という命令に対して異議を申し立てないような人間ばかりなった結果として、この国は泥沼のような停滞(失われた二〇年)に落ち込んだ。という事実である。

ーーー 白井 聡 『戦後の墓碑銘』


「デモに行ったら就職できない?大いに結構、そんな会社はこっちから願い下げだ」、「デモに行くようなバカは、お前の会社では採用しない?大いに結構、お前となんか絶対に一緒に働きたくない」。今日の社会が、社会に対して十分に根拠のある異議申し立てをする人間を排除するような腐った社会でしかないのならば、そんな社会は要らない、そんな社会は全面的に拒絶するほかない。今立ち上がった人々が発しているメッセージはこれである。

ーーー 白井 聡 『戦後の墓碑銘』



2021年5月19日水曜日

ディランは『ボブ・ディラン』をやっているんだ

 渡は「高田渡」をやっていたんだ。そして、結局、「高田渡」のまま死んでいった。
(略)
「高田渡」をやるしかないのよ。もともとあいつは酒強くないもん。(シバ)

ーーー なぎら健壱 『高田渡に会いに行く』