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2015年2月27日金曜日

日本人の宿痾

立法府による行政府への民主的統制のメカニズムが働いている。といえば聞こえはいいが、その内実は、こうした既得権益側が国会議員を使って行政に圧力をかけ、法制度や事業の内容を我田引水に変質させることに他ならない。
 国の政治は、その国民の民度を超えられない。こうしたことが当たり前のように行われていることを許している国民の民度は、その程度のものなのである。

フクシマの悲劇に懲りなかった日本人は、今回の新崎原発事故でも、それが自分の日常生活に降りかからない限りは、また忘れる。喉元過ぎれば熱さ忘れる。日本人の宿痾(しゅくあ)であった。
-歴史は繰り返される。しかし二度目は喜劇として。

--- 若杉冽 「原発ホワイトアウト」から

2015年2月24日火曜日

まともな人間とまともでない人間と

原子力規制庁のなかには、政治の圧力に負けず、活断層上の原発は廃炉にすべきだと思っている課長補佐がいる。資源エネルギー庁のなかには、電力料金の査定では個々の調達価格の単価にまで切り込んで、電力会社のレントを極小化すべきと思っている企画官がいる。電力会社のなかにも、自由化した環境の下で低廉(ていれん)で質の高い電力を供給し、競争条件下でも打ち勝つ「普通の会社」にしたいと思っている社員がいる。マスコミのなかにも、スポンサーの圧力に負けずに公正中立な報道をしたいと思っているディレクターがいる・・・。
   --- 若杉冽 「原発ホワイトアウト」から