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2023年5月26日金曜日

施政方針演説

  『我々が、今、目指している新しい社会は、不信と対立を克服し、理解と信頼をや培(つちか)いつつ、家庭や地域、国家や地球社会のすべてのレベルにわたって、真の生きがいが追及される社会であります。各人の創造力が生かされ、勤労が正当に報(むく)われる一方、法秩序が尊重され、自ら守るべき責任と節度、他者に対する理解と思いやりが行き届いた社会であります。
 私は、このように文化の重視、人間性の回復をあらゆる施策の基本理念に据え、家庭基盤の充実、田園都市構想の推進等を通じて、公正で品格ある日本型福祉社会の建設に力をいたす方針であります。』(#大平正芳 『第87回国会における施政方針演説』から)

---   #中島岳志 #若松英輔 「いのちの政治学」 #2021/11/10


2018年8月4日土曜日

血盟団事件とは一体、何だったのか

 事件の背景には、経済的不況による庶民の生活苦があった。大洗の青年たちは、農村社会の疲弊に直面し、苛立ちを募らせた。仕事を求めて東京に出ると、そこでも下町の苦境に直面した。
  一方で、巷ではエロ・グロがブームとなり、繁華街ではカフェ遊びが流行していた。そこでは地方から売られてきた女性たちが、小金を持った男たちの欲望の対象となっていた。格差社会は拡大し、弱きものは困窮から抜け出せなかった。
  しかし、政治は無策だった。既成政党はお互いに足を引っ張り合うばかりで、有効な政策を打ち出せなかった。さらには、汚職事件が次々に発覚し、政治不信は頂点に達した。
 一部の特権階級は、相変わらず優雅な生活を送っていた。財閥は資本を独占し、庶民との格差は広がりつづけた。人々は既得権益に対する不満を高め、救世主を待望するようになった。
  暗い世相と時代の閉塞感の中で、若者たちは煩悶(はんもん)を肥大化させていった。井上日召が苦悩を抱え込んだのは、二十世紀の初頭だった。

   ---   中島岳志 『血盟団事件』 から