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2020年12月28日月曜日

先進国

 日本は、もはや「原料を輸入して加工貿易をするアジアの工業国」というよりも、「アジアで作られた工業製品を輸入し消費する先進国」に変化しつつある。その現状認識を欠いた「輸出産業重視・貿易立国」という日本像にもとづいた政策は、一部産業への政策的優遇としてしか機能しない恐れがあった。一部の経済学者は、金融緩和で国内需要が伸びれば景気は回復すると説くが、国内需要が伸びても国内生産が伸びずに需要が海外製品にむかえば、むしろ貿易赤字を拡大することになる。

ーーー 小熊英二 「平成史」から

ストロー効果

 自給自足でやっていける地域からは、移民は出てこない。それが出てくるのは、現地の「生活基盤の喪失(uprooting)」がおきたあとである。つまり、発展途上地域の近代化が進み、教育が普及して、第一次産業ではやっていけない状況が発生した方が、移民は流出しやすくなる。つまり、工業化したほうが労働力移動が発生しやすい。という逆説が生まれる。


公共事業で整備された交通網は、人口や産業の都市への「吸い上げ」をもたらす「ストロー効果」を生んだ。
(略)
土建事業が行なわれれば行われるほど、都市への移動が進む。

ーーー 小熊英二 「平成史」から

工業化時代の想像力

 いまなら、携帯電話で知らせるところだ。ここに描かれている未来像は、移動技術が大幅に進歩しているのに、情報通信技術がまったく変わっていない世界である。『未来少年コナン』に描かれている「インダストリア」では、巨大爆撃機、ロボット、原子力をエネルギー源とする金属製の巨大ビルティングなどがあり、宇宙服のようなユニホームに身を固めた人びとがいる。しかし情報通信技術のほうは、マイクを握って話す卓上式の大型無線装置なのだ。

ーーー 小熊英二 「平成史」から


2016年8月26日金曜日

改憲すると

徴兵制とかで大量の兵隊を動員する戦争は、もう昔話なんです。いまの先進国の戦争は誘導ミサイルとかのハイテク兵器が主役で、大量の兵隊は必要ない。最後に攻めこむのに少し歩兵がいるだけで、それはアメリカなら人種的マイノリティーや貧困層の若者が多い。つまり歩兵なんていまの軍隊では最下層の使い捨て労働者なんです。後方にはミサイルを操る技術職がいて、さらに後方にいる指揮官や幹部候補生が軍隊の出世組です。
(略)
IT技術が発達すると熟練が無意味になり、創造的な企画を立てる少数の中核社員と、それを伝達するITを維持する技術職と、伝達された企画マニュアルに従って熟練を要しない単純労働につく使い捨ての非正規労働者に分けるのが合理的になった。


当然ですが九条を変えても雇用は改善しない。起きるのは米軍の後ろに自衛隊がくっついて、イラク戦争のイギリス軍やベトナム戦争の韓国軍のように戦闘させられることだけです。それは莫大な財政負担になるし、たぶん消費税の大幅値上げとか生活保護の切り下げにつながるでしょう。改憲を支持しても自分で自分の首を絞めるようなものです。


「保守本流」の元祖は当時の首相の吉田茂ですが、彼は再軍備より経済復興を優先したのと、戦前に新英米派の外交官僚として軍に弾圧された経験があって、再軍備に消極的だった。吉田は社会党左派の政治家に、再軍備反対運動を起こしてくれ、と内密に頼んだりもしている。野党の反対を口実にアメリカの要求に抵抗しようとしたわけです。吉田は、「憲法で軍備を禁じているのは誠に天与の幸いで、アメリカから文句が出れば憲法がちゃんとした理由にになる。その憲法を改正しようと考える政治家は馬鹿野郎だ」と言っていたそうです。


現在の軍事常識では、前線の戦闘兵力の四~五倍の後方兵力がなければ攻撃軍としては体をなさないといわれています。仮に一万人の戦闘員を日本に上陸させるとすれば、合計五万~六万の兵士が必要になり、さらに、武器、弾薬、食料などを補給し続けなければいけません。


91年の湾岸戦争時、アメリカの迎撃ミサイル「パトリオット」はイラクのスカッドミサイルを一発も撃ち落とせなかったばかりか、パトリオットの破片でイスラエル市民が負傷しただけでした。その後もミサイル迎撃開発は失敗続きです。


日本が軍事力を使って独断で北朝鮮の基地を攻撃するなど、アメリカが許すはずがありません。アメリカにとって主要な貿易相手国である中国が北朝鮮の崩壊を望んでいない以上、北朝鮮への攻撃には賛成できないからです。


日本の防衛産業がきわめて非効率な業界で、日本の国産兵器が世界でも群を抜いて高額なのは有名です。国が給与を払う国家公務員のうち約四割が自衛隊員で、その人件費は約二兆円に上がっていることは、意外と知られていません。
(略)
これからの日本の防衛と自衛隊のあり方をきちんと議論しないで九条だけを変えることは、既得権益化した自衛隊と防衛産業を認めることにしかならないと思います。


 --- 小熊英二 『私たちはいま』 から

2016年6月20日月曜日

知ろうと思わない人達の国

自分が20歳のころは、世の中の仕組みや、本当のことを知らないで育った。情報も与えられなかったし、政権を選ぶこともできなかった。批判する自由もなかった。いまは本当のことを知ろうと思ったら、知ることができる。それなのに、自分の見たくないものは見たがらない人、学ぼうとともしない人が多すぎる。これから20年もたてば、もっと悪くなるだろう。経済も国債の金利があがったら、大破局がくるかもしれない。(小熊譲二)

---  小熊英二 「生きて帰ってきた男」 から

2016年6月17日金曜日

多くを語らず

淡々としていた。お互いに戦争体験者だから、多くを話さなくても見当がつく。泣いたりわめいたり、激しく感情を動かしたりはしない。何も言わなくてもお互いにわかる。激しく感動したり泣いたりするのは、何も知らない人がやることだ。(小熊譲二)
   --- 小熊英二 『生きて帰ってきた男』から

2016年5月4日水曜日

原発を止める人々

日本の人々自身に自覚がないのに驚くが、3・11以後の変化は著しいものがある。公式的には脱原発を宣言したドイツやスウェーデンなどは、実際に多くの原発を動かしている。しかし日本は、3・11以後にもっとも劇的に原発稼働を減らし、一時はゼロにした。世界の運動がどこもなしとげなたことがない、非暴力直接行動によって官庁街を長期にわたり占拠するということも実現し、与党のエネルギー政策を変えさせた。
それでもその自覚がないのは、現代日本の人々に社会運動の経験が少なく、そのぶんだけ期待が大きすぎるからであろう。首相が何の下準備もなく「明日から原発は全部廃炉にします」と宣言するとか、にわか作りの「脱原発政党」が一気に多数派になるといった、漫画のようなことは現実には簡単におこらない。かといって、実現したことが小さかったわけではないのである。

   --- 小熊英二 『原発を止める人々』から

2016年1月28日木曜日

奇襲攻撃に対する報復

原爆資料館では広島が狙われた理由の説明が「広島に捕虜収容所がなかったから」となっていますが、それが主要な理由ではありません。広島は日本最大の軍事都市で、朝鮮人がたくさん連れてこられました。ほとんど強制連行です。トルーマンは原爆投下16時間後に声明を出しました。「日本軍によるハワイ奇襲攻撃に対する報復だ」と。広島は加害基地だったことを認めたくないから、いつまでも被害者意識だけでやろうとしているんです。しかし日清戦争から日露戦争、満州事変、日中戦争、アジア太平洋戦争、この五大戦争では広島から軍隊が出て行きました。(李実根リ・シルグン 「朝鮮人被爆者協議会とともに」)
  ---  「在日一世の記憶」 小熊英二 & 姜尚中 から

2015年12月6日日曜日

常任理事国

アジア諸国からは、さらにはほかの地域の国ぐにからも、「アメリカのうしろだてを利用して、戦争の賠償も軽くすませ、そのうえそれをろくに自覚もしていないまま経済大国になった国が常任理事国になったところで、アメリカのいうままに動く理事国がひとつ増えるだけだ」。とみられているかもしれない。

--- 小熊英二 「日本という国」 から 

2015年5月13日水曜日

日本の精神史

戦時の革新官僚であり開戦当時の大臣であった岸信介が総理大臣になったことは、すべてがうやむやにおわってしまうという特殊構造を日本の精神史がもっているかのように考えさせた。はじめは民主主義者になりすましたかのようにそつなくふるまった岸首相とその流派は、やがて自民党絶対多数の上にたって、戦前と似た官僚主義的方法にかえって既成事実のつみかさねをはじめた。それは、張作霖爆殺-満州事変以来、日本の軍部官僚がくりかえし国民にたいして用いて成功して来た方法である。・・・5月19日<安保強行採決の日>のこの処置にたいするふんがいは、われわれを、遠く敗戦の時点に、またさらに遠く満州事変の時点に一挙にさかのぼらした。私は、今までふたしかでとらえにくかった日本歴史の形が、一つの点に凝集してゆくのを感じた。(鶴見俊輔 六〇年安保闘争から)
   --- 小熊英二 『民主と愛国』から 

しかし岸さんのような人が出てくる根―これが結局、私たち国民の心にある、弱い心にある、依頼心、人にすがりつく、自分で自分のことを決めかねる、決断がつかない、という国民の、私たち一人一人の心の底ある―かくされているところのそれを、自分で見つめることがためらわれるような弱い心が、そういうファシズムを培ってゆく、ということを忘れてはなりません。(6月2日文京公会堂 竹内好 六〇年安保闘争から) 
   --- 小熊英二 『民主と愛国』から 

2014年12月14日日曜日

投票して何が変わるのか

「デモをやって何が変わるのか」という問いに、「デモができる社会が作れる」と答えた人がいましたが、それはある意味で至言です。「対話をして何が変わるのか」といえば、対話ができる社会、対話ができる関係が作れます。「参加して何が変わるのか」といえば参加できる社会、参加できる自分が生まれます。
--- 「社会を変えるには」 小熊英二 から

2014年7月26日土曜日

おとなしくしていれば何とかしてもらえる?

冷たい壁にとりまかれて、声を出せないという人がいます。それは逆だと思います、声を出さないあなたは、他人から見れば壁の一部です。あなたが声を出さない状態が、周りの人を壁にしています。関係は作り作られます。関係は待っていても変わりません。動かないと変わりません。声を出せば、一時的に敵対関係になる人も出るかもしれませんが、味方になる人も出るでしょう。

---  「社会を変えるには」 小熊英二 から