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2023年4月30日日曜日

政治家が熱中する

政治家は、次の選挙でどのくらい票をとるかに熱中します。実はこのことがとても重大なんです。( #鶴見俊輔 )

---  『彼らの言葉は平和への遺産』 #週刊金曜日 #1422号 から



2020年1月12日日曜日

老いの生き方

老年は石だ。ぞうり虫だ。いなくてもいいものだ。舞台から下りようとして、とまどって、まごまごしているだけの人間だ。だが、それだけのことで、その他の点では、諸君とおんなじなのだ。なに一つ成長したわけでもないのに、うかうかとつれてこられて、いわゆる年よりがいのない連中が大方なのだ。彼らがうるさいのは、不平のもってゆきどころがないからだ。そして、本心は、若くなりたいのだ。(金子光晴)

われわれは気むずかしさや目の前にある物事に対する険悪を知恵と呼ぶ。けれども、実を言うと、われわれは不徳を捨て去ったのではなくて、別な不徳と、しかも私の考えでは、もっと悪い不徳と取り替えている。愚かな倒れかかった自尊心や、飽き飽きするおしゃべりや、とげとげしい人づきの悪い気分や、迷信や、使いもしないお金に対する滑稽なほどの心配などのほかに、羨望や、不平や、邪悪までがいっそうひどさを増しているのである。老年はわれわれの顔よりも心に多く皺を刻む。だから、年老いても、酸っぱい、かび臭い匂いのしない心というものはめったにないし、あるとしてもごくまれである。人間は成長に向かっても、減退に向かっても全身で進む。(モンテーニュ)

ーーー 鶴見俊輔 『老いの生き方』 から

2015年5月13日水曜日

日本の精神史

戦時の革新官僚であり開戦当時の大臣であった岸信介が総理大臣になったことは、すべてがうやむやにおわってしまうという特殊構造を日本の精神史がもっているかのように考えさせた。はじめは民主主義者になりすましたかのようにそつなくふるまった岸首相とその流派は、やがて自民党絶対多数の上にたって、戦前と似た官僚主義的方法にかえって既成事実のつみかさねをはじめた。それは、張作霖爆殺-満州事変以来、日本の軍部官僚がくりかえし国民にたいして用いて成功して来た方法である。・・・5月19日<安保強行採決の日>のこの処置にたいするふんがいは、われわれを、遠く敗戦の時点に、またさらに遠く満州事変の時点に一挙にさかのぼらした。私は、今までふたしかでとらえにくかった日本歴史の形が、一つの点に凝集してゆくのを感じた。(鶴見俊輔 六〇年安保闘争から)
   --- 小熊英二 『民主と愛国』から 

しかし岸さんのような人が出てくる根―これが結局、私たち国民の心にある、弱い心にある、依頼心、人にすがりつく、自分で自分のことを決めかねる、決断がつかない、という国民の、私たち一人一人の心の底ある―かくされているところのそれを、自分で見つめることがためらわれるような弱い心が、そういうファシズムを培ってゆく、ということを忘れてはなりません。(6月2日文京公会堂 竹内好 六〇年安保闘争から) 
   --- 小熊英二 『民主と愛国』から