「俺は国がやることに反対したりしない。だから国が俺を守るのはわかるけど、国のやることに反対している奴らの人権をなぜ国が守らなければならない?」とも続けた。この感じ、日本でずっとすくすく育ち続けているやつだ。
--- 武田砂鉄 なんかいやな感じ 2023年9月26日
森の中に住む猫の頭の片隅にあること。
「俺は国がやることに反対したりしない。だから国が俺を守るのはわかるけど、国のやることに反対している奴らの人権をなぜ国が守らなければならない?」とも続けた。この感じ、日本でずっとすくすく育ち続けているやつだ。
--- 武田砂鉄 なんかいやな感じ 2023年9月26日
声の大きい人が入り込んできて、「いつまでそんなことをやっているんだ。こっちも問題だろ」と比較を始める。比較をする人は、Aも問題だがBも問題だろうと突っ込んでくるのだが、だったら両方とも問題にすればいいのに、あら不思議、そのどっちらも問題にせず、ただAを消すためだけにBを使ったのだと、後になってからわかるのだ。
酒飲みや嫌煙は思想とすぐに結びつくけど、下戸(げこ)は思想とは全く関係がない。健康問題でさえない。健康のために酒をやめる人はいるけど、下戸はそもそも何もやめていないのだ。部外者と言っていいい。
長渕剛「乾杯」の歌詞を読み返すと、なにで乾杯すべきかは一切書いていない。実は、酒を匂わす単語は皆無なのである。「遥か長い道のりを 歩き始めた 君に幸せあれ!」。この丁寧なメッセ-ジは「とりあえず乾杯しちゃいますか」という心性とは異なる。今そこで泥酔いしている上司はそういうことを言えない。泥酔する上司は、長い道のりを歩き始めた誰かの後姿を見つけても「幸せあれ」と送り出せずに「おい、こっち向け」とか言う。注ぐように強いる。いつまでも何かを強いる。
男の円熟味とは、決してバーのカウンターでは生まれないのだ。
(武田砂鉄『コンプレックス文化論』から)