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2023年3月23日木曜日

校則のメッセージ

 校則が持つ、隠れたメッセージはこうだ。みんなと同じように振る舞え。秩序を乱すな。変に目立つな。外見で個性を出そうとするな。作文で褒められる程度の個性でいろ。他人に面倒をかけるな。大人が求める「いい子」でいろ。
 校則にはさらなるメッセージがある。理不尽には慣れろ。権威に従え。長いものには巻かれろ。文句を言うな。声を上げるな。周囲の人間が「ふつう」から逸脱(いつだつ)していないか、それぞれが監視し合え。

 理不尽な校則を見直そうをいう活動をしていると、しばしば「社会は理不尽なもの。無菌室で育てられたら社会に出られない」というレスをもらう。校則をなくしたぐらいで無菌室になるほど世界は甘くはないのだが、ともあれそうしたコメントの主は、なるほどヒドゥン・カリキュラムの効果を、身を以て証明してくれている。社会が理不尽ならば、かえるのではなく慣れることが大事なのだと、その人は学んでしまったのだ。

 ーーー  #荻上チキ 「みらいめがね2」 #2019/09/16

2023年3月19日日曜日

学校

 自分のことを守るためには「他人を適切に嫌いになる作法」が必要になると思う。教室という空間では、「みんなと仲良くしなさい」と言われるが、大人になってから、それは子どもを管理するための方便だったのだと知った。連帯責任という理不尽な罰則も、みんなの前で涙を流して反省させられるという羞恥刑も、教室という秩序を保つための儀式であって、人間である自分のために行われたものではない。

実際には、みんなが仲良くすることはできない。人は人を嫌いになるものだ。そして大人になるということは、嫌いな人と上手に距離を取る方法を学ぶことでもある。距離の取り方が不器用だと、人に生きづらさを押し付けることになる。

発達に凸凹がある、個性的な息子と娘。その振る舞いの全てが愛おしく誇らしい。息子も娘も、得意なことと苦手なことにムラがある。そうした個別の事情に、一斉授業を基本とする学校がミスマッチだなというのは、入学式の段階から悟ってしまった。上級生が「みなさん、にゅうがく、おめでとうございます(おめでとうございまーす!)」と唱和する。このマスゲーム。集団行動を求める謎の空間。昔から変らぬこの雰囲気。これを二人ができるようになるだろうか。いや、できるようになったとしても、それは何のためななのか、自分の学校後遺症が刺激される。

ーーー  #荻上チキ 「みらいめがね」 #2019/05/24