2021年6月29日火曜日

少しの想像力

放射能汚染が拡大すれば、首都圏にいるひとたちもいずれ覚悟を決めなければならないことであった。配給の食事を何でも食べられること、体育館の硬い床の上でも眠れること、苛立ちや怒号がともすれば衝突するその場所で事件が起こらないよう心を配ること。じっさい、原発事故周辺地に住むひとたちは、生活の場を奪われ、職業を奪われ、自治体までも奪われた。そして少し想像力を働かせれば、それは全国で稼働する原発の周辺でも起こりうることだとわかる。

---  鷲田清一 『しんがりの思想』

2021年6月24日木曜日

止まらない雪玉

 少なくとも、満州事変を起こした時には、石原には一応のビジョンがあった。たとえそれが誇大妄想のトチ狂った考えであったとしても、何をしたいのか、というヴィジョンがありました。ところが彼が最初の雪玉を転がしてしまった後、その雪玉は勝手に転がり続けてしまいました。日中戦争が始まった時、石原は陸軍の参謀本部作戦部長だったのですが、ただ一人戦争の拡大を阻止しようとして走り回って、最終的に負けました。その後、関東軍参謀副長へ左遷され、そこで参謀長の東条英機に嫌われてやがて退役させられます。そして、太平洋戦争が始まった時には、立命館大学で国防学の講師をしていました。最初に雪玉を転がした人間が、それが雪崩になった時には、その雪崩に自ら吹き飛ばされてしまったという感じです。この感じが、私はすごく怖いと思いました。

--- 安冨歩 「生きるための日本史」

2021年6月23日水曜日

雨乞い

高度成長期には、東京タワーが建てられ、新幹線が開通し、東京オリンピックをやって、大阪万博をやりました。しかしそれらは高度成長の原因ではなく、そのなかで生じた、むしろ結果なのです。ところが今の日本は、スカイツリーを建てて、リニアモーターカーを走らせ、東京オリンピックをやって、大阪万博をやろうとしています。そうすればまた、高度成長が始まる、と思っているのです。こんな原因と結果とを取り違えたことをやっても、それは雨乞いに過ぎません。その雨乞いのために、私たちは何十兆円も投入しています。

ーーー  安冨歩 『生きるための日本史』


2021年6月18日金曜日

自助・共助・公助

 憲法を改正して、もっと家族をつくって自分たちで自分たちの面倒を見させるようにしよう、という政治家も多い。これは要するに、国が国民の面倒を見ることをやめて自分たちで何とかしてほしい、ということである。(岸政彦)

どんな権威も権力も、お金がないんです、予算がないんですよ、だから仕方ないですね、というロジックに勝てるものはない。人びとをコントロールする上で、これほど有効なものはない。お金がない、ということによって、財務省は文科省に対して権限が強くなり、文科省は大学に対して権限が強くなり、大学は教員に対して権限が強くなる。だって、お金がないって言われたら、誰も言い返せないじゃないか。(岸政彦)

保守的な政治家が「わが国の伝統的な家族を守ろう」と叫ぶとき、それはただ単に、もう社会保障に回す金がない、と言っているだけなのだ。あとは自分でやってください。(岸政彦)


消費税は全額消費者が負担するものだ。企業は一切負担しない。つまり、消費税を社会保障の財源とするということは、今後進んでいく高齢化のコストを企業は一銭も負担しないということを意味するのだ。(森永卓郎)

東日本大震災から八年が経過して明らかになったことは、復興がほとんど進んでいない実態だ。復興を支えるために国民は、復興特別住民税を10年間、復興特別所得税を25年間払い続ける。ところが、復興特別法人税はたった二年で廃止されてしまった。さらに復興財源を支えるために行われた国家公務員給与の二割カットも、たった二年で廃止された。いまの政治は明らかに企業と官僚を優遇しているのだ。(森永卓郎)

――― 松尾匡(ただす) 『反緊縮宣言』