2022年5月7日土曜日

殴る前にできたこと

 私は在宅介護をしているが、どうしても苛立ちがつのる時がある。その心理をみつめてみると、諸々の事柄への無力感である。とりわけ解決するためのコミュニケーションがとれない苛立ち、つまり理解しきれない自分への怒りだ。さまざまな怒りや苛立ちの背後には、相手を救えない自分への無力感があるのではないだろうか。だからこそせめて、相手を社会につなげる一歩を、踏み出す必要がある。 

ーーー  田中優子 「週刊金曜日 1360号」


群衆

 かつて政権を支持したあるいはかつて政権を支持しなかった自分は、何を根拠に支持/不支持だったのか、かつての自分は何であったのかーこの自らに振り向けられる内省の問いがない限り、主権者など存在しようがない。それがない限り、存在するのは、その時々のスペクタクルによって振り回される、換言(かんげん)すれば、広告屋と組んだ権力者がいとも簡単に操作できる群衆がいるだけだ。

ーーー 白井聡 「主権者のいない国」

無惨な有り様

 命ぜられた通りに「鬼畜米英!」と叫んだ同じ口が、命ぜられた通りに「民主主義万歳!」と唱え、「アメリカは素晴らしい!」と唱和するというこの光景の相変わらずの無惨な有り様、それが同じ空間を共有する人間として私には端的に我慢ならないのである。

ーーー  白井聡 「永続敗戦論 」

2022年4月18日月曜日

いくらでも変えられる

 法律や規則は、もともと誰か人間が作ったものですから、変えようとおもえば、いくらでも変えられます。

もし、法律や規則にふれさえしなければ、なにをしてもいいのだったら、法律や規則をかえられる力を持っている人間は、都合がわるくなれば、じぶんのやっていることはかえないで、法律や規則のほうを変えたら、それですむことです。いつでも、じぶんのやっていることは、法律や規則には少しもふれない。なんらやましいところはない、と大きな顔をしていられます。

(花森安治)

2022年4月17日日曜日

青い空が、タダだった

今年の正月、東京は晴れていた。
空が青かった。
むかしは、ほんとうに、空の色は、いつでも、こんなにきれいだったのだろうか。
信じられないくらい、青かった。
町に日が当たって、車がすくなかった。
ふだんの日曜日よりも、車は少なかった。
むかしは、たぶん、まいにち、東京の町は、こんなに、しずかだったのだろう。
(略)
むかしにくらべて、すこし、貧乏の度合が、ましになったのかもしれない。しかし、むかしは、あんな青い空が、タダだった。
ぼくら一人のこらず、青い空と、風にそよぐ樹木と、澄んで光る川を持っていた。

(花森安治)