2022年10月9日日曜日

後になってからわかる

 声の大きい人が入り込んできて、「いつまでそんなことをやっているんだ。こっちも問題だろ」と比較を始める。比較をする人は、Aも問題だがBも問題だろうと突っ込んでくるのだが、だったら両方とも問題にすればいいのに、あら不思議、そのどっちらも問題にせず、ただAを消すためだけにBを使ったのだと、後になってからわかるのだ。

(#武田砂鉄 #今日拾った言葉たち #2022・9・17)

2022年8月2日火曜日

イエ中心主義

 自民党の「イエ中心主義」が、自民党憲法改正草案の前文および第24条に明確に現れていることや、故安倍晋三氏と関係があった世界平和統一家庭連合(旧統一教会)および日本会議の価値観と強く結びついていることを、国民は知っておかねばならないからだ。

(略)
「個人」を核にして成り立つ社会とはどういう社会なのか。それは個人が自らの考えで、自分の生き方と、共に暮らす人と、その暮らし方と役割を決める社会である。結婚に誘導される社会でも、役割を押し付けられる社会でもない。

( #田中優子 #これからどうする #週刊金曜日 #1387号 ) 

2022年7月3日日曜日

想像力の欠如

星野源に乗っかった首相の動画に驚く。別に寬(くつろ)いだっていいけれども、あの動画を見た僕たちがどう感じるかを本人も周囲もわかっていないとしたら、その想像力の欠如が恐ろしい。想像力を欠いた人たちが未知の問題を解決できるのだろうか。 (浅生鴨)

「今は我慢しよう。でも、この自粛期間が終わったらあれをやろうこれをやろう」とつぶやく人たちの、未来の存在を決して疑わない姿をどのように見ているのだろう。 (浅生鴨)

『メルケルを466億で雇いたい』時事川柳だが、欲しいよねメルケル。彼女は東ドイツでの生活が長かったから、自由の尊さを知っているんだね。だから国民への制約は『絶対的な必要性がなければ正当化し得ない』としつつ、命を守るために『家にいてくれ』と演説したんだ。政治は言葉だね。一方、我が安--。(立川談四楼)

---  「仕事本 わたしたちの緊急事態日記」から

2022年6月16日木曜日

私は私

 私たちは、「私は私」的なことをスローガンのように使う人を見かけると多くの人は「芯が強い」などと思うわけだが、実は、他者がどうであるかを気にしまくっているからこそ「私は私」と発するわけである。黒柳徹子はリアルに「私は私」だから、そんなことを口にしない。苦言も呈さない。周囲を気にしないから、ブレようがない。黒柳徹子は、「個性とは何か」「自分らしさとは何か」という問いかけ自体が、個性や自分らしさを遠ざけることを教えてくれる。 

ーーー  武田砂鉄 「芸能人寛容論」

2022年6月12日日曜日

好きだからやっているだけ

 世間の一方的な区分けをさまざま見せつけられるとき、自分たちの属しているチームと自分たちがそこでしている趣味の活動が、領域を蹴散らし、境界を曖昧にするのに一役買っているという自覚が生まれる。私たちが今やっている運動が「運動」になる瞬間だ。日常で個人が偏見と闘うためにできる運動とは、結局のところ偏見の対象を減らすことではないだろうか。「女子が〇〇をしてるだァ?」という文の〇〇に入る単語の数を減らすような。私と私のチーム、そして多くの女子サッカーチームの仲間たちは、〇〇から「サッカー」という単語をなくそうとしていることになる。
 本当はただサッカーが好きだからやっているだけで、それがたまたま運動になっちゃうわけだが、考えてみれば運動というのはすべてそういうものだろう。

--- キム・ホンビ 『女の答えはピッチにある』 20200810