2023年4月30日日曜日

政治家が熱中する

政治家は、次の選挙でどのくらい票をとるかに熱中します。実はこのことがとても重大なんです。( #鶴見俊輔 )

---  『彼らの言葉は平和への遺産』 #週刊金曜日 #1422号 から



2023年4月22日土曜日

つまらない人間

「人生がしんどくなってしまう理由」をもっと具体的に言うと、その根本原因は「お金と見栄をあきらめられないから」なのです。


 5歳児はみんなクレイジーで、好き勝手で、明日のことなんて考えずに、いまの楽しいを全力で追っていて、見ているだけで楽しい。

 でもそこから余計な感情(見栄やプライドやお金)をインストールしていくから、徐々につまらない人間になっていく。

---  #プロ奢ラレヤー 「プロ奢ラレヤーのあきらめ戦略~お金に困らず、ラクに、豊かに生きるには」 #2020/08/10



2023年3月29日水曜日

官僚政治

多くの人たちの頼みごとを政治の上に、どんどん反映させようと努力すると、世間では「陳情政治」と批判する。代議士の中でも、ひとたび当選すると選挙区の方に背を向け、まるで中央官庁の代弁者気取りで、陳情に冷淡なものがいる。民主政治から陳情を除いたら、そこに残るものは、明治のはじめから築かれてきた官僚政治しか残らない。お役所という官僚の安住の地で考えられる政治は、大部分は彼らの勢力拡大の政治である。国民の税金で公団や公社をつくると、その幹部の大半はお役人。ある事業に許可を与えると、古手のお役人が何らかの形式で就職している。身を守ることに本能的に得意な彼らの頭脳から生まれる政策なり政治が、国民の多くの満足を得られるはずがない。

---    #大野伴睦回想録 #2021/03/25

2023年3月23日木曜日

校則のメッセージ

 校則が持つ、隠れたメッセージはこうだ。みんなと同じように振る舞え。秩序を乱すな。変に目立つな。外見で個性を出そうとするな。作文で褒められる程度の個性でいろ。他人に面倒をかけるな。大人が求める「いい子」でいろ。
 校則にはさらなるメッセージがある。理不尽には慣れろ。権威に従え。長いものには巻かれろ。文句を言うな。声を上げるな。周囲の人間が「ふつう」から逸脱(いつだつ)していないか、それぞれが監視し合え。

 理不尽な校則を見直そうをいう活動をしていると、しばしば「社会は理不尽なもの。無菌室で育てられたら社会に出られない」というレスをもらう。校則をなくしたぐらいで無菌室になるほど世界は甘くはないのだが、ともあれそうしたコメントの主は、なるほどヒドゥン・カリキュラムの効果を、身を以て証明してくれている。社会が理不尽ならば、かえるのではなく慣れることが大事なのだと、その人は学んでしまったのだ。

 ーーー  #荻上チキ 「みらいめがね2」 #2019/09/16

2023年3月19日日曜日

学校

 自分のことを守るためには「他人を適切に嫌いになる作法」が必要になると思う。教室という空間では、「みんなと仲良くしなさい」と言われるが、大人になってから、それは子どもを管理するための方便だったのだと知った。連帯責任という理不尽な罰則も、みんなの前で涙を流して反省させられるという羞恥刑も、教室という秩序を保つための儀式であって、人間である自分のために行われたものではない。

実際には、みんなが仲良くすることはできない。人は人を嫌いになるものだ。そして大人になるということは、嫌いな人と上手に距離を取る方法を学ぶことでもある。距離の取り方が不器用だと、人に生きづらさを押し付けることになる。

発達に凸凹がある、個性的な息子と娘。その振る舞いの全てが愛おしく誇らしい。息子も娘も、得意なことと苦手なことにムラがある。そうした個別の事情に、一斉授業を基本とする学校がミスマッチだなというのは、入学式の段階から悟ってしまった。上級生が「みなさん、にゅうがく、おめでとうございます(おめでとうございまーす!)」と唱和する。このマスゲーム。集団行動を求める謎の空間。昔から変らぬこの雰囲気。これを二人ができるようになるだろうか。いや、できるようになったとしても、それは何のためななのか、自分の学校後遺症が刺激される。

ーーー  #荻上チキ 「みらいめがね」 #2019/05/24