2014年4月6日日曜日

新社会人、おめでとうございます

働くことは、何も正しくないし、偉くもなんともない。ならば当然おめでたくもない。(赤木智弘)

僕たちは誰もが誰かしらを足蹴にして生きている(赤木智弘)


あなたの知らないところに、いろいろな人生がある。あなたの人生が、かけがえのないように、あなたの知らない人生も、また、かけがえがない。人を愛するということは、知らない人生を知るということだ。 (灰谷健二郎)

2014年2月7日金曜日

半信半疑

「半分疑っているということは信じていないということじゃないのか。」
と、半信半疑という言葉を聞いたあるスペイン人

   ---  「石橋莞爾 その虚飾」 佐高信 から

民主主義の成熟度


自分たちの考えを実現させたい、なるべく自分たちで決めたいと思うのであれば、異なった立場の人たちと意見調整という、ものすごく面倒くさいプロセスを担う覚悟が必要で、そのコストを引き受ける覚悟がなければ、それは「誰かが調整してくれ。ただし自分たちの要求どおりにするように」と言っているのと変わらない。(茂木)

一律が好きだというのは、やはり、自分に自信がない、自分自身の判断基準を持っていないということになるんじゃないでしょうか。(湯浅)

結局、政府のなかの課題というよりは、最後には世論全体が、そこにお金を使うことによって自分たちのプラスになると思えるかどうかが重要なんです。(湯浅)

”わかりやすいものは良くて、わかりにくいものは悪いもの”という善悪のつけ方をする。こういった判断の仕方は、とても危険です。(湯浅)

  ---  「貧困についてとことん考えてみた」 湯浅誠 茂木健一郎 から

2013年12月17日火曜日

多種共存の森

学者、とくに自然科学の人たちは希少な動植物には興味を持つが、そこに住み続けることによって自然環境を守ってきた人々の暮らしには興味がなかったのだ。誰が自然を壊し、誰が守ってきたのか、地元の人たちの伝統的な生活様式こそがそこの自然環境や生態系を守る一番の力だったのではないか。天然林からの略奪の限りを尽くしてきた外部の人間が、奇跡のように残った地域に目を付けて、それが貴重だからといって、地元の人を排除するようなことは傲岸(ごうがん)なことである。物質文明の恩恵を受けながら暮らしてきた都会人は、むしろ間接的には加害者なのである。

我々人間は大量の木材をすぐに欲しがった。まるで、小麦やトウオモロコシを作るのと同じやり方で。一種類の木だけを大面積に植えてきた。このような自然には存在しない人工の森は人間が手を入れ続けなければ、自ら崩れていく。病虫害が頻発し暴風や豪雨でひっくり返ってしまう。これは自然が悪さしているのではない。森自らが多様な生物が共存する生態系を取り戻そうとしているのである。本来の森の姿を取り戻すことによってさまざまな恵みをもう一度、我々に与えようとしているのだ。

--- 『多種共存の森』 清和研二 から

2013年12月5日木曜日

原発から学んだ事


原子力発電所は200年前に発明された古めかしい蒸気機関の一種です。その効率は大変悪く、発生した熱のわずか三分の一しか電気に変えられません。発生した熱の三分の二、、つまり本体は利用できないまま環境に捨てるしかありません。日本の場合はそれを海に捨てる、つまり海を温めるために使っています。

30年後に原発をゼロにすればいいというのは、要するに「今、停止中の原発の再稼働を認める」ということです。

原発の発電量を自然エネルギーで代替するという考えには共感できません。それでは「エネルギーさえあれば自分たちは豊かだ。電気さえあれば豊かだ」という考えに変わりはないということになってしまいます。

  ---  『この国は原発事故から何を学んだのか』 小出裕章 から



水俣病の原因のうち、有機水銀は小なる原因であり、チッソが流したということは中なる原因であるが、大なる原因ではない。大なる原因は”人を人と思わない状況”いいかえれば人間疎外、人間無視、差別といった言葉でいいあらわされる状況の存在である。

  --- 『水俣が映す世界』原田正純 から