2018年9月2日日曜日

本物っぽければ

画一化するロードサイドの風景は「柴崎コウ」的である。本物っぽければ、本物でなくてもヨシ。本来求められているのは「柴咲コウ」なのにみんなが「柴崎コウ」でヨシとしているから、「柴崎コウ」のまま街づくりを進めてしまう。個性に欠ける店の並びが、本物ではない気配を許しながら多量に配置されていく。「これで良かったんだっけ?」と誰に確かめるでもなくコピペが続く。新たに街づくりが提唱される時、その路肩に「もう片方の軍手」が転がっている可能性に目をやることができるかできないか。画一化から逃れる方法はやっぱりそこにある。

--- 武田砂鉄 『紋切型社会』から

2018年8月25日土曜日

やりがい搾取

”やりがい搾取”とは、”ブラック企業”を語るうえで出てくる新語で、給与や時給は低い代わりに、労働者に”やりがい”という報酬を強く意識させることで働く動機づけとする詐略を指す。労働者に”やりがい”が報酬であるという考え方を植え付ける代わり、金銭的な報酬を搾取する手法。(本田由紀『軋む社会』から)

2018年8月4日土曜日

血盟団事件とは一体、何だったのか

 事件の背景には、経済的不況による庶民の生活苦があった。大洗の青年たちは、農村社会の疲弊に直面し、苛立ちを募らせた。仕事を求めて東京に出ると、そこでも下町の苦境に直面した。
  一方で、巷ではエロ・グロがブームとなり、繁華街ではカフェ遊びが流行していた。そこでは地方から売られてきた女性たちが、小金を持った男たちの欲望の対象となっていた。格差社会は拡大し、弱きものは困窮から抜け出せなかった。
  しかし、政治は無策だった。既成政党はお互いに足を引っ張り合うばかりで、有効な政策を打ち出せなかった。さらには、汚職事件が次々に発覚し、政治不信は頂点に達した。
 一部の特権階級は、相変わらず優雅な生活を送っていた。財閥は資本を独占し、庶民との格差は広がりつづけた。人々は既得権益に対する不満を高め、救世主を待望するようになった。
  暗い世相と時代の閉塞感の中で、若者たちは煩悶(はんもん)を肥大化させていった。井上日召が苦悩を抱え込んだのは、二十世紀の初頭だった。

   ---   中島岳志 『血盟団事件』 から

2018年7月15日日曜日

疲れを知らないコンピュータ

「立場主義」は実のところ、すでに機能しなくなっています。なぜならば膨大な数の機械を人間が操作する必要がもうないからです。今ではその仕事を、疲れを知らないコンピュータがやるからです。立場を守るために果たすべき役が、もうないのです。にもかかわらず私たちの社会は、今でも「立場主義」で働いています。

---  安冨歩 『あなたが生きづらいのは自己嫌悪のせいである』 から

2018年7月1日日曜日

1たす1は

「例えば、絵本の中のくまさんが鮭1匹とマス1匹を食べたなら、物語の最後では必ず”まんぷく”になっている。あるいは、くまさん1匹ともう1匹のくまさんが出会ったら、蜂の巣は”からっぽ”になるはずだ。だから、1たす1の答えは”いっぱい”でいいはずなんだ。それなのに、一つの答えしか正確じゃなくて、他の答えは間違いだなんて、そんなの絶対おかしいよ」

「僕が欲しいものは、他人を叩きのめす力ではない。異質な物と、つながりを持てなくても、理解しあうことはできなくても、寄り添うことをやめないだけの足腰の強さと、感応できるだけの優しさだ。歳を取った人間の描く希望とは違うかもしれない。けれど僕たちは、それがあれば生きてゆけるのだ。敏感でやわらかな指先を、他者にむかってのばすこと、それが、僕にとっての希望なのだ。」

---  小野田由紀 『メゾン刻の湯』から