2020年9月17日木曜日

スクラップによる再生のための運動

 民衆による再建の運動は、人間が生み出したおびただしい混乱から逃れることはできないという前提から出発する。歴史、文化そして記憶まで、これまでこれまで消されてきたものはもう十分すぎるほどある。この再生のための運動は、白紙(スクラッチ)からではなく、残り物(スクラップ)- つまり、瓦礫や廃品など周りにいくらでも転がっているものから始めようという試みだ。コーポラティズムによる改革運動が衰退の一途をたどりつつ、行く手に立ちふさがる抵抗勢力を撃退するためにショックのレベルをさらに強めていくなか、これらの運動は原理主義の合間を縫って前へ前へと進んで行く。地域社会に根を張り、ひたすら実質的な改革に取り組むという意味においてのみ急進的(ラディカル)なこれらの人々は、自らを単なる修繕屋とみなし、手に入るものを使って地域社会を手直しし、強化し、平等で住みやすい場所へと作り変えている。そして何にも増して、自らの回復力の増強を図っている。

   --- ナオミ・クライン 『ショック・ドクトリン』 から


2020年9月1日火曜日

デマゴーグ

彼女が優先したのは演説の内容ではなく、自分のビジュアル・イメージだった。何を言うかではなく、何を着るか、どんな髪型にするか、それが人の心を左右するという考えは母の教えであり、テレビ界で竹村健一から学んだことでもあった。

「小池さんには別に政治家として、やりたいことはなくて、ただ政治家がやりたいんだと思う。そのためにはどうしたらいいかを一番に考えている。だから常に権力者と組む。よく計算高いと批判されるけれど、計算というより天性のカンで動くんだと思う。それが、したたか、と人には映るけれど、周りになんと言われようと彼女は上り詰めようとする。そういう生き方が嫌いじゃないんでしょう。無理をしているわけじゃないから息切れしないんだと思う。」(池坊保子)

激しい野心と上昇志向を持ち、年上の有力者の懐に飛び込む。論文には盗作の噂がつきまとう。彼(竹中平蔵)もまた、小池同様、学歴、留学経験、英語力を武器にして蜘蛛の糸を必死で摑(つか)み、のぼっていった人である。

「目立つことが好き、思い付きで発言するが体系的、持続的な思考力はない。何が世間に受けるかだけを考えて行動する、大衆を熱狂させる独特の魅力があり、また、そのテクニックに長けているー。それは、そのまま小池にも当てはまる。」(佐野眞一『誰も書けなかった石原慎太郎』から)

自分がどう見られるかを過度に意識した表情のつくり方、話し方、決めゼリフの用意。彼(小泉進次郎)は自分の魅力の振りまき方を知っていた。ルックスと声質の良さ、ゴロ合わせのような言葉づかい。ダジャレで人の気持ちを掴(つか)む。彼もまた、「小池百合子」だった。

「デマゴーグ(注・大衆煽動(せんどう)者型政治家)の態度は本筋に即していないから、本物の権力の代わりに権力の派手な外観(シャイン)を求め、またその態度が無責任だから、内容的な目的をなに一つ持たず、ただ権力のために権力を享受することになりやすい。権力は一切の政治の不可避的な手段であり、従ってまた、一切の政治の原動力であるが、というよりむしろ、権力がまさにそういうものであるからこそ、権力を笠に着た成り上がり者の大言壮語や、権力に溺れたナルシズム、ようするに純粋な権力崇拝ほど、政治の力を堕落させ歪めるものはない」(マックス・ウェーバー著 脇圭平 訳 『職業としての政治』

---  石井妙子 『女帝 小池百合子』から

2020年8月19日水曜日

やましい良心  と 徳の騎士

 「後ろめたさ」が高じれば、頑張っている人の足を引っ張るような悪意につながりかねない。そうした心の動きをニーチェは「やましい良心」と言った。自分の「正しさ」を絶対視し、周囲に強要するような人間をヘーゲルは「徳の騎士」という言葉で考察した。

--- 岩永芳人 『やおいかん 熊本地震 復興への道標』から



2020年8月15日土曜日

回避不可能

起きうる問題がN個あれば、それぞれの問題が「起きる/起きない」の二つの場合しかないとしても、その組み合わせは二のN乗である。Nが少しでも大きくなると、その値は爆発する。起きうる問題が50個あればその組み合わせは、2の50乗、すなわち

1,125,899,906,842,620 通り

である。これはどういう数かというと、不眠不休で1秒間に一つ数えるとして、数え上げるだけで3570万年以上かかる。それらのすべてに事前に練り上げた計画を立てるためには、地球誕生の瞬間から現在までやってもまだ間に合わない。このような計算量の問題は回避不可能である。その上、事態1の起きる確率と事態2の起きる確率が独立であるという保証はどこにもない。事態1が起きたら事態2の起きる確率が上がるというケースが往々にしてある。落ちるはずのないロケットが落ち、起きるはずのない原発事故が起きる理由はここにある。もともと不安定で制御困難な社会へのはたらきかけに同じアプローチを適用するのは無謀である。

--- 安冨歩 「複雑さを生きる やわらかな制御」

少数の理性を持つ者が社会を制御しうるという理論は原理的に間違っている。このような意味の理性などというものはそもそもありえない。理性を活用してものごとを深く観察し、理解しようとしても、無限の多様性を持つものを有限の記述によって処理することはできない。たとえうまい記述に到着したとしても、そこに非線形性が介在しておれば、適切な近似を得るために初期値を無限精度で設定する必要が生じる。無限精度で初期値を設定するとは、軌道を無限の先まで知っていることと等価である。つまり、あらかじめすべてのことがわかっていれば予測できる、という無意味なことになる。それ以外にも計算量爆発という問題がある。ある事態が「ある」か「ない」かであるという単純な場合を想定してさえ、N個の要素が関与しておれば、可能な組合せは2のN乗になる、というあの回避不可能な罠である。

--- 安冨歩 「複雑さを生きる やわらかな制御」

2020年7月23日木曜日

現実

NHKスペシャル「戦慄(せんりつ)の記録 インパール」(2017年8月15日放送)では、新たに発見された膨大な機密資料を基に、その真相に迫っていた。
 曖昧な意思決定と、組織内の人間関係が優先され、無謀な作戦は発令された。兵士は三週間分の食料しか持たされず、行軍中に攻撃を受け多くの死傷者を出すも、大本営は作戦継続に固執した。イギリス軍の戦力を軽視し、自軍の補給物資の確保をせず、当初三週間で攻略するはずが戦闘は四ヶ月に及んだ。そして、インパールには誰一人として巡り着けず、約三万人が命を落とした。このうち約六割は作戦中止後に命を落としたという。(田崎基)

日本軍が負け始めてからの戦争指導と重なって見える。場当たり的な弥縫策(びぼうさく)で「負けている現実」から多くの人の目を逸らそうとする。長期戦を戦うには、人的損害を減らす努力をせねばならないのに、人的損害を増やす玉砕や特攻を過剰に美化礼賛(びからいさん)する。(山崎雅弘)

苦しんでいるのは一部の誰かではなく、多くの人だという認識を持つ必要がある。
(略)
 年収300万円以下が全体の約32%を占める現実を踏まえると、日々の生活は相当厳しいにもかかわらず、中間層で踏ん張っているのだと信じてたい人が大勢いるということだ。(井手英策)


前世紀の敗戦末期にこの国は、現実には負けているのにもかかわらず「勝っている!」と宣伝し、国民に貧しさを強いている現実を覆い隠すため「欲しがりません!勝つまでは」という標語を掲げ、黙らせた。物資や食糧の補給の見通しも立たないのに戦線を拡大し続け、進軍した部隊が全滅したときには「玉砕」という言葉を使い美化していった。「玉砕」とは玉が美しく砕けることを意味する。(田崎基)


---田崎基 『令和日本の敗戦』から