放射能汚染が拡大すれば、首都圏にいるひとたちもいずれ覚悟を決めなければならないことであった。配給の食事を何でも食べられること、体育館の硬い床の上でも眠れること、苛立ちや怒号がともすれば衝突するその場所で事件が起こらないよう心を配ること。じっさい、原発事故周辺地に住むひとたちは、生活の場を奪われ、職業を奪われ、自治体までも奪われた。そして少し想像力を働かせれば、それは全国で稼働する原発の周辺でも起こりうることだとわかる。
2021年6月24日木曜日
止まらない雪玉
少なくとも、満州事変を起こした時には、石原には一応のビジョンがあった。たとえそれが誇大妄想のトチ狂った考えであったとしても、何をしたいのか、というヴィジョンがありました。ところが彼が最初の雪玉を転がしてしまった後、その雪玉は勝手に転がり続けてしまいました。日中戦争が始まった時、石原は陸軍の参謀本部作戦部長だったのですが、ただ一人戦争の拡大を阻止しようとして走り回って、最終的に負けました。その後、関東軍参謀副長へ左遷され、そこで参謀長の東条英機に嫌われてやがて退役させられます。そして、太平洋戦争が始まった時には、立命館大学で国防学の講師をしていました。最初に雪玉を転がした人間が、それが雪崩になった時には、その雪崩に自ら吹き飛ばされてしまったという感じです。この感じが、私はすごく怖いと思いました。
2021年6月23日水曜日
2021年6月18日金曜日
自助・共助・公助
憲法を改正して、もっと家族をつくって自分たちで自分たちの面倒を見させるようにしよう、という政治家も多い。これは要するに、国が国民の面倒を見ることをやめて自分たちで何とかしてほしい、ということである。(岸政彦)
2021年5月23日日曜日
羨まし
「人見知り」という言葉は、曖昧な部分が多い。実際には世の中のほとんどの人が自身の身の中に人見知りを内包しているのではないかと思う。誰彼構わず関係性を瞬時に築ける人の方が稀有(けう)だろう。ただ多くの人が、人見知りを貫くだけの勇気と気力が無いのだ。自分から見れば人見知りは生き難いかもしれないが羨ましくも感じられる。
ーーー 又吉直樹 『東京百景』
舞台に上がる芸人と観客の間には、言葉では説明できない境界がある。舞台に上がる当事者は眼に見えない法衣を身に纏(まと)い、その力によって日常と乖離した舞台という場に立てるのだ。その霊力によって衆目に負けず、人前でも声を出せる。そう思っていた。 しかし古井(由吉)さんは眼に見えぬ法衣など着けず裸で舞台に上がられていた。舞台と客との関係性に日常を放り込めるというのは特殊な能力だと思う。日常でも文章上でも境界を軽々と越えられる方なんだと改めて思い知らされた。
ーーー 又吉直樹 『東京百景』