2023年3月6日月曜日

無知

私たちの社会は電気がなければ何もできない。電気はこんなにも身近なものなのに、結局、私たちが気にするのは電気代ぐらい。原発事故があったのに、依然として、電気の「コスト」について驚くほど無知で、無関心なままである。

牛は体重1キロを増やすのに、約10キロの穀物と2万2000リットルもの水が必要となる。

「結局はリサイクルされないものの方がサステナブル(持続可能)です。」( #皆川明 )

先進国がさらなる経済成長を求めることで、途上国の資源や労働力を奪っている。(略)途上国の人々は大量の二酸化炭素を排出していないのに、気候変動の影響を真っ先に受ける。彼らは先進国での政治的意思決定に関与もできない。これが「気候不正義」である。( #清野華那 :未来のための金曜日、FFF仙台)

繊維業の盛んな岐阜県にも多くの外国人がいる。つまり、「日本製」の洋服と言えば聞こえはいいが、その服を作っているのは、外国人技能実習生なのである。実際、メイドインジャパンなのに数千円の洋服を見たことはないだろうか。彼らはコストカットの「道具」であり、コロナ禍の不況で解雇される「雇用の調整弁」でしかない。

<明るいところから暗いところは見えへんけど、暗いところから明るいところは見える> (大阪住吉区 浅香地区)

復興とは「何事もなかった状態に戻す」ことではない。( #小松理虔 (りけん))

「成長と分配」のスローガンはたしかに魅力的だし、技術革新は便利で快適な生活を実現してくれるように見える。けれども、ウーバーイーツであれ、培養肉であれ、神宮外苑の再開発も、今のやり方の延長では、むしろ格差を広げ、自然を破壊し、消費的な生活を強化するだけの結果になってしまうのではないか。

命と自然を大切にしたいという思いで必死に有機栽培に取り組んできた人々が、再エネに反対しなければならないという悲しき構造を変えなければ、脱炭素化など絵に描いた餅にすぎない。

「男性優位がデフォルトの社会で、そうした社会に対する現状維持を意識的にも無意識のうちにも望むあまりに、想像力欠乏症に陥っている、そんな状態や人たちを私は「オッサン」と呼びたい」(「想像力欠乏症」 #佐藤千矢子 )

本当は「あるもの探し」をすべきなのに、いつまでたっても「ないものねだり」をやめないのは、過疎で苦しむ地方だけではない。欧米ばかりを見ている私も含めた左派も同じではないか。

 ---   #斎藤幸平  『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた 』 #2022/11/02


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